金属技研の若手技術者が世界の舞台で存在感を示した。
姫路工場技術課技術係主任・佐々木颯翼さんがHIP(熱間等方圧加圧)技術の国際会議で「HIPedスーパー二相ステンレス鋼に及ぼす真空脱ガスとカプセル加熱の効果」をテーマに登壇。
高度な材料科学とプロセス技術が交差する難題に挑み、その成果は国内外の研究者から大きな注目を集めた。
この論文について権威のある※海外雑誌(Powder Metallurgy)にも取り上げられた。
背景には、現場を熟知する横尾陽平・姫路工場工場長と、材料工学の専門家である蔡耀汪・技術開発本部 開発センター イノベーションセクション専門研究員(博士〈工学〉)という二人の指導者の存在がある。
金属技研が長年培ってきたHIP技術の蓄積と、若手に挑戦の機会を与える企業文化が、今回の成果を後押しした。 国際会議での反響、研究テーマの核心、そして金属技研が目指す技術開発の未来について、三者が語り合う。
※論文タイトル:Effect of Vacuum Degassing and Capsule Heating on HIPed Super Duplex Stainless Steel
【座談会メンバー】
- 蔡 耀汪氏(左) 金属技研株式会社 技術開発本部 開発センター イノベーションセクション専門研究員 博士(工学)
- 佐々木 颯翼氏(中央) 金属技研株式会社 姫路工場 技術課 技術係 主任
- 横尾 陽平氏(右) 金属技研株式会社 姫路工場工場長
定説に挑む
司会 佐々木さんにお聞きします。
HIP国際会議に登壇することになりました。 選ばれた時のお気持ちと、準備を進める中で感じたことを教えてください。
佐々木 非常に名誉なことであり、自身の成長につながる期待を感じました。
社内コンテストを実施し、上位の優秀な研究内容3件がピックアップされます。 選ばれたテーマについて、発表までの約2年間、研究を進める体制が組まれます。
その間、仕事の負荷は増しますが、所属部署のメンバーが業務量を調整してくれました。 組織として、挑戦を後押しし、助け合う企業風土が醸成されています。
司会 このテーマについて上司の方々からお願いします。 社会にどのようなインパクトを与えるのでしょうか。
蔡 HIP処理前にカプセル内の空気を抜かないと、内部の空気が抵抗になったり、酸化物として現れて金属性能に悪影響を及ぼしたりするという定説が存在しました。 ただ、この定説を裏付ける明確なデータが世の中になかったため、実際に検証することが研究の目的となりました。 研究の結果、定説通りの結果が得られた部分、一方で定説を覆すような結果が得られ、それをデータとして証明したことが発表のキーポイントになります。
横尾 脱気プロセスに関する基準は国内外に存在しておらず、各企業がノウハウとして内部に留めてきました。 研究成果を形にできれば、将来的に「規格化」や「基準化」に結びつく可能性があります。 研究成果の主なターゲットは、石油・天然ガスプラント、深海油田などのパイプライン。 この分野では、溶接箇所が弱点となり得るため、HIP技術によるニアネットシェイプでの製造によりリスクを低減できると考えています。 今回、当社の研究レベルが国際的に評価され、研究開発能力が国際水準にあることを示しました。
司会 定説を覆す、あるいは証明するという研究に対して、当初はどのように受け止められたのでしょうか。
佐々木 最初に申請した際、承認を判断する審査委員会から厳しい意見が多数出ました。 既存の定説を再検証する研究テーマに対し「その意味があるのか」「常識ではないか」という疑問が呈されました。 研究には多額の費用もかかります。 先輩社員と共同で提出した研究計画と目的に甘さがあったことが、厳しい指摘を招いた一因であると自己分析しています。 愚痴も言いましたが、そこから半年間、「決めたことだから最後までやり遂げよう」と心に決め、計画書をブラッシュアップして再提出し、承認にこぎ着けました。
国際舞台での論文発表
司会 決して諦めない姿勢が成功を生んだと思います。 横尾さんは上司としてどのように佐々木さんを支えましたか。
横尾 研究の節目節目で関係者が集まり、目的や方向性のずれを軌道修正する「ゲートレビュー」というプロセスがあります。 この場を利用して改めて目標を明確化し、モチベーションの維持に努めました。 計画がしっかりと立てられていたため、見直しはわずかで、プロジェクトの進行は比較的容易でした。
司会 そして本番を迎えるわけですが、論文を発表した際の心境を教えてください。 伴奏支援してきた蔡さんからもお願いします。
佐々木 自分の研究が認められるのか不安を抱えながら壇上に上がりました。 持ち時間は約20分。 質疑応答を含めると約30分になります。 英語の心配もありましたが、終わってみると聴衆から一斉に手が上がりました。 20人はいたでしょうか。 この瞬間、最も「ドキッ」としましたが、多くの人が興味を持って質問してくれたことに嬉しさと驚きを感じました。 新入社員の時に「この分野なら佐々木が一番」と言われる存在になりたいという抱負を抱いていました。 国際会議での発表、論文掲載を経て、その目標達成に向けて成長できたと感じています。
蔡 スライド構成が素晴らしかった。 文字が少なく図表を多用し、聴衆にとって非常に理解しやすい発表になっていました。 時折英語の通訳を必要とすることはあっても、自信を持って自分の考えを伝えられるのが佐々木さんの強みです。 コーヒーブレイクの際にも積極的に聴衆とコミュニケーションを取っていたのが印象的です。
司会 佐々木さんは学生時代にも国際学会での発表経験があると聞きしました。
佐々木 実は今回の件、学生時代の国際学会での失敗体験が原動力になっています。 準備不足で発表も質疑応答も散々な結果に終わり、その悔しい記憶が頭に残っていました。 会社看板を背負うプレッシャーもあり「絶対に同じ轍は踏みたくない」と考え、蔡さんや横尾さんなど周囲の協力を得て、入念に練習を重ねました。
司会 英語の勉強も大変だったのでは。
佐々木 以前、航空機部品関連のMRO(整備・修理・分解点検)事業の部署に所属していました。 当時、英語での業務や海外関係者との対応に苦労しましたが、当時の上司に励まされながら英語と専門知識を必至で学びました。 その時努力した経験が、今回の研究活動においての基盤になっています。
若手の成長を後押しする企業文化
司会 ここで蔡さんのプロフィールと、佐々木さんとの出会いを教えてください。
蔡 私はマレーシアのトゥンク・アブドゥル・ラーマン・カレッジ大学で材料工学を学び、1998年に卒業しました。 その後、英国のリバプール大学で修士・博士課程を修了(1999-2005)。 筑波大学、東京科学大学(旧東京工業大学)を中心に研究員・特任助教・特任准教授として2024年まで材料研究と教育に従事してきました。 現在は金属技研の開発センターイノベーションセクションに所属し、構造・機能材料や高温材料の研究開発に取り組んでいます。
佐々木さんとはもともと面識はありませんでしたが、研究テーマが非常に興味深いと感じたため、協力を快諾しました。 関連する論文の探索や、そこから考察のヒントを得るための協力をしました。 佐々木さんは探究心が深く、議論が終わるとすぐに次のミーティングの日程調整を求めるなど、非常に高い情熱を持っています。 優秀な若手研究者と一緒に勉強し、調査することで、お互いに学び合う関係が構築されました。
司会 若手研究者が伸びる瞬間は。
横尾 目的を持って自ら判断し、物事を決定していくプロセスで成長すると思います。 重要なのは、計画が思うように運ばなかった時に「どう考えるか」という思考力であり、この繰り返しが成長と経験につながります。 指導者側の役割は、研究の方向性について強く指示するのではなく、「きっかけ」や「機会」を明確に与え、本人が考えたことに対してフィードバックを行うことだと考えています。 成長に必要な要素は「考える力」「判断する力」「決断して前に進める力」です。
佐々木さんの成功は、彼自身が考え抜き、判断し、決断して行動した結果であり非常に大きな経験になりました。 我々としても、個人の成功を一過性のものにせず、組織としてどう展開していくかを考えることが次の重要なステップだと捉えています。
司会 佐々木さんからみた金属技研の魅力は。
佐々木 半導体や航空機、発電インフラなど社会貢献につながる業務に携われる点も魅力ですが、入社の決め手は企業文化そのものです。 面接を通じて「自分で考えて行動させてもらえる会社」だと感じたことが動機です。 それにはもちろん責任が伴いますが、個人の自由な考えを尊重する風土が大好きです。
司会 最後に上司から若手研究者の育成方針を教えてください。
横尾 人は千差万別であり、個性を尊重することが面白い点です。 若手は自ら「やりたいこと」を見つけ、どう進めるか、どう周りを巻き込むかを考えることが重要です。 短期的な利益に直結しない研究でも、そこで培われる論理的思考力は将来必ず役立ちます。 佐々木さんのように、自主的な経験を積むことは今後どのような壁にぶつかっても論理的に考え、乗り越える力になるはずです。 失敗を恐れて行動できなくなることが最大の問題。 失敗をそこで終わらせるのではなく、必ず次に繋げ、次の可能性を探す「挑戦と失敗から学ぶ文化」を大切にしていきます。
HIP(Hot Isostatic Pressing:熱間等方圧加圧)国際会議
HIPは高温・高圧のガスで材料を等方に加圧し、内部欠陥を除去する技術。 材料の緻密化や機械的特性、信頼性の向上に寄与することから、航空・宇宙分野、エネルギー関連設備、粉末冶金製品、金属積層造形(3Dプリンティング)部材など、高い品質が求められる分野で広く活用されている。 HIP国際会議は同分野に関わる世界の研究者やメーカーの技術者が約3年に一度集まる、唯一かつ最も権威のある国際会議として知られている。 1980年代から続く長い歴史を持ち、最新技術や研究成果が共有される場として高い評価を受けている。 2025年に第14回会議がドイツ・アーヘンで開催された。 2011年の神戸開催の際には、金属技研が幹事企業として深く関与し、姫路工場に設置された世界最大級のギガHIP(大型熱間等方圧加圧装置)を公開。 この見学ツアーは参加者の大きな注目を集め、日本のHIP技術力を世界に示す象徴的な出来事になった