ミュオンとは?
ミュオンは、電子の約200倍の質量を持つ素粒子です。宇宙線が大気に衝突することで自然発生し、私たちの体も1秒間に数個のミュオンが通り抜けています。このミュオンの持つ高い透過性は、ピラミッドや火山、原子炉の内部透視を可能にする「ミュオグラフィー」技術に応用されています。

人工的に生成されるミュオンとJ-PARC
ミュオンは、加速器を使って人工的に作りだすことも可能です。J-PARC(大強度陽子加速器施設)では、3GeV(光速の約97%)に加速した陽子ビームを黒鉛などのターゲット(標的)に衝突させ、そこから生じる粒子の崩壊過程でミュオンを生成します。
近年では、JAXA「はやぶさ2」による小惑星リュウグウの試料を分析し、太陽系の成り立ちや物質の進化に関する新たな知見が得られました。また、μSR(ミュオンスピン回転緩和)法を用いることで、磁性体や超伝導体の微細な磁場分布の測定に用いられています。
世界最高強度のパルス陽子ビームを活用し、安定的にミュオンを生成、供給し続けるためには、過酷な照射環境にも耐える高性能な標的装置が欠かせません。
固定標的に求められる性能と課題
2004年当時、J-PARCの本格稼働に向けて、課題となっていたのが「ミュオン固定標的」の耐久性でした。固定標的は動かないため、構造がシンプルで設置が容易な反面、常に同じ場所にビームが照射され続けるというデメリットがあります。海外の先行事例や事前のシミュレーションに基づく予想では、高熱・放射線によるダメージにより1年未満で損傷が起き、交換にはおおよそ3週間を要すると考えられ、課題となっていました。
そこで、J-PARC では段階的に陽子ビームの強度を上げる計画であったことを考慮して、最初に固定標的を製作し、併行して軸受や潤滑剤の開発を行いながら回転標的を製作する2段階の課題解決策を採用しました。
特徴 |
固定式標的 |
回転式標的 |
---|---|---|
熱負荷 |
1点に集中 |
回転により分散 |
構造 |
シンプル |
機械構造が複雑(回転軸、軸受) |
黒鉛の損傷 |
照射部が損傷しやすい |
照射位置が分散、損傷しにくい |
潤滑の問題 |
なし(動かない) |
真空・放射線に強い潤滑剤が必要 |
MTCの技術力が生んだソリューション
この最初の課題に対し、MTCでは高冷却・高耐久・長寿命を兼ね備えた固定標的の開発に着手。二年に渡る複数の技術検討と実証を経て、課題を克服した固定標的を完成させました。

図:熱応力の解析や小型テストピースでの強度試験を実施

画像:水冷配管を銅ブロックに巻き付けている様子
主な特徴
高冷却性能
銅の部品とステンレス製冷却配管をHIPによる拡散接合で密着。発熱を効率的に除去。
熱膨張差の緩衝構造
黒鉛と銅の間にインサート金属を挟み、繰り返す加熱冷却による接合部へのダメージを緩和し、損傷を防止。
社内一貫製作体制
事前調査から設計、熱解析、機械加工、接合、検査まで全て自社完結。客先との密なコミュニケーション、品質管理・コスト最適化を実現。
J-PARC ミュオン生成固定標的 諸元
材質 |
黒鉛、銅、ステンレス配管 |
---|---|
サイズ |
φ174×41t(本体部) |
重量 |
約5kg |
接合技術 |
HIP拡散接合、ろう付 |
機械加工技術 |
パイプ曲げ、MC加工、旋盤加工 |
世界最高強度ビーム下での実績
完成したMTC製の固定標的は、2008年から2014年まで、最大0.3MWの過酷なビーム照射環境に耐え抜き、J-PARCの最先端研究を支え続けました。
その後、長寿命・高性能を目指して開発された「回転式ミュオン標的」の登場で固定標的は役目を終えましたが、現在の回転標的にも、固定標的と同様の技術を生かした水冷部品が採用されています。MTCの技術は、1MW級陽子ビームでのJ-PARCの5年以上の長期安定稼働を陰ながら支えています。

今後への展望
高強度ビームに対応する接合技術や耐熱設計は、加速器のみならず、幅広い分野で活用されています。宇宙探査、物性研究、次世代エネルギーなど、“未来の科学”を支える技術基盤として、今後も私たちの技術力を発揮していきます。
MTCは今後も、科学技術の最前線を支えるものづくりの力で、さまざまな研究開発に貢献してまいります。
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参考URL
http://imss-engineer.kek.jp/jobs/msl/msl_target.html
https://www2.kek.jp/imss/msl/library/pictures/poster/poster_MUSE.pdf
https://www.j-parc.jp/c/uploads/2025/J-PARCmagazine2024_20s.pdf
https://www.kek.jp/ja/topics/202504151400